琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底研究施設の守田昌哉准教授らによる研究成果が、生命科学分野の学術雑誌「Current Biology」に掲載されました。 |
<発表のポイント>
- どのような成果を出したのか サンゴの自然交雑と遺伝子浸透が白化後に発生し、それが遺伝的多様性の維持に貢献していたことを明らかにしました。
- 新規性 サンゴ種間での交雑が適応進化の一因となっている可能性を、ゲノム解析?交配実験?形態分析を統合して示しました。
- 社会的意義/将来の展望 気候変動で危機に瀕するサンゴ礁の回復や保全に向けて、交雑を通じた適応力の解明は重要な知見となります。
<発表概要>
【研究の背景】
地球温暖化による海水温の上昇は、世界各地の造礁サンゴに白化を引き起こし、絶滅の危機にさらしています。沖縄でも1998年に記録的な大規模白化が発生し、特にミドリイシ属サンゴの多くが死滅しました。?
琉球大学熱帯生物圏研究センター 瀨底実験施設では、大規模白化後の20年以上にわたって瀨底島周辺のサンゴ群集を観察してきました。サンゴ群集は部分的な回復傾向を示していますが、興味深いことにこの間にも沿岸海域の海水表面温度(SST)は緩やかに上昇を続けており、白化のリスクを示す指標である週積算高水温(Degree Heating Weeks; DHW)も、1998年以降にむしろ高まる傾向が確認されています (図1A)。
それにもかかわらず、サンゴ礁の主要構成種であるミドリイシ属サンゴは、同地域のサンゴ礁構造を維持し続けています(図1B)。つまり、夏季の高水温や白化リスクが依然として存在する中で、なぜこのような回復が可能であったのか――その背景には未解明の遺伝的要因が存在する可能性があります。
図1
【研究の成果】
本研究では、1998年の白化イベント以降に回復したとみられる瀨底島周辺の3種のミドリイシ属サンゴ(Acropora cf. gemmifera, A. cf. humilis, A. cf. monticulosa)について、(ここで具体的な実験内容、観察内容について簡単に説明する)。その結果、以下のような成果が得られました。
- 自然交雑の証拠:
3種のサンゴの特にA. cf. monticulosaに似ているが枝の太い形態をした群体が確認され(図2A B)、3種と雑種の産卵時刻は重なりました(図3A)。さらに、実験的に親種と交配させたところ、正常に受精が起こることが示されました (図3 B)。これは、自然環境でも異なる種どうしが交雑している可能性を示しています。
?図2
?図3
- ゲノム解析の結果:
3種のミドリイシ属サンゴおよび中間的な形を持つサンゴのDNA情報を詳細に解析し、種どうしの遺伝的な関係を調べたところ、中間的な形を持つ群体が遺伝的にも親種の“ちょうど中間”に位置することが確認されました (図4)。
さらに「ABBA-BABAテスト」という遺伝子の混ざり具合を調べる統計解析により、異なる種の間で遺伝子のやりとり(遺伝子浸透=introgression)が実際に起きていることが分かりました。
図4
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- 遺伝的多様性の保持:
これまでにテーブル状のミドリイシ属で交雑が起きていないことを明らかにしてきました。これらの交雑が起きていないテーブル状のミドリイシ属の4種に比べて、本論文で研究対象とした交雑が起きている種グループでは、遺伝的なバリエーションが豊富であることが分かりました。
また「近交係数(FIS)」という、近い血縁どうしでの繁殖の度合いを示す指標が低い傾向にあり、これは交雑により近親交配を避けている可能性を示しています。 - 適応進化の可能性:
DNAの中で特に遺伝子が混ざりやすい部分(=遺伝子浸透が集中している領域)に注目したところ(図5A)、特定の進化的な変化が起きていることを示す“遺伝的な足あと”が見つかりました(図5B)。
?図5
具体的には、以下の3つの特徴を持つゲノム領域が見つかりました。
1)「FdM」という指標が高い:交雑により遺伝子が他種から入り込んでいると推定される領域
2)「Tajima’s D」が低い:遺伝的多様性が一時的に低下した、つまり選択圧や集団の拡大?収縮があった可能性
3)「FST」が高い:交雑後に取り込まれた遺伝子がそれぞれの種で異なる形で保持?固定されていることを示し、その領域が環境条件に応じて分化してきた可能性を意味します。
このような特徴を持つ領域では、導入された遺伝子が高水温などの環境ストレスに対して有利に働いた可能性があり、その結果として、その遺伝子を持つ群体が生き残り、集団内で広がったと考えられます。その結果、遺伝的多様性は一時的に減少しつつも、種間で異なる遺伝子構成が保たれることで、各種ごとの適応的な進化につながっている可能性があります。
- 交雑の時期:
最後に、数理モデルを用いて交雑のタイミングを推定したところ、遺伝子の混ざりは1998年の白化イベントの後、約5世代(25年以内)に発生したと考えられました (図6A)。そして活発な遺伝子流動が起きていることも推定できました(図6B)
このことは、水温上昇などの環境ストレスの増大、大規模白化による群体数の減少、それに伴う生息地域内の繁殖相手の減少という負のイベントに対して、異種間で交雑することが「生き残るための戦略」として機能していた可能性を示しています。
図6
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?注釈(脚注)
?Tajima’s D:DNA配列中の多様性の分布を評価する統計指標です。負の値は、多くの新しい変異(低頻度変異)が急速に蓄積している状態を示し、自然選択(選択圧)や集団拡大の影響が疑われます。このような場合、中間的な頻度の変異が減少するため、その領域の遺伝的多様性が一時的に低下している可能性があります。
?FST(Fixation Index):異なる集団間の遺伝的な違いの程度を示す指標です。値が高いほど、異なる種や集団間で遺伝子構成が異なる(=分化している)ことを意味します。
【意義と展望】
本研究では、インド太平洋地域に生息するサンゴが自然条件下で種間交雑することを、「形の特徴(形態)」と「ゲノム解析」、そして「繁殖能力」の3つの視点から総合的かつ明確に示しました。さらに、サンゴ礁の回復や環境変化への適応において、遺伝的多様性を保つ手段としてこの“種間交雑”が重要な役割を果たしている可能性を、定量的なデータに基づいて世界で初めて明らかにしました。
近縁なサンゴ同士の種間交雑と、それによって他の種の遺伝子が取り込まれる「遺伝子浸透」という現象は、個体数の少ないサンゴ集団の生存能力を高め、その集団が局地的な環境(例:高水温)に素早く適応するための有効な仕組みとして働いている可能性があります。
今後は、交雑によって取り込まれた遺伝子がどのような働きを持つのかを調べるとともに、他の地域のサンゴ群集でも同様の現象が起きているのかを比較することで、交雑が普遍的な適応戦略かどうかを検証していく必要があります。また、実際に熱への強さなど、具体的な形質にどのような影響を与えているのかも明らかにすることが求められます。
<論文情報>
- 論文タイトル: Introgression and Adaptive Potential Following Heavy Bleaching Events in Acropora corals
- 掲載誌: Current Biology
- 著者: Mao Furukawa$, Ariyo Imanuel Tarigan$, Seiya Kitanobo, Nozomi Hanahara, Shun Ohki, Masaya Morita*$
*責任著者, ?$equally contribution - DOI:10.1016/j.cub.2025.05.038
- URL:https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(25)00654-2